「この支出は経費になりますか?」——創業期のご相談で、もっとも多くいただく質問のひとつです。インターネットで検索すると「経費になるものリスト」が数多く見つかりますが、実は、リストを暗記してもあまり役に立ちません。まったく同じ支出でも、事業の内容や使い方によって、経費になるかどうかの結論が変わるからです。
経費かどうかを分ける基準は、突き詰めれば一つしかありません。「その支出が事業のために必要だったと、第三者に説明できるか」——これだけです。この記事では、この判断軸を出発点として、創業期に特に迷いやすい支出を一つずつ整理し、あわせて「説明できる状態」をつくるための証拠の残し方までを解説します。
なお、本記事の制度に関する記述は2026年7月時点のものです。税制改正によって金額基準や適用期限が変わる可能性がありますので、実際の申告にあたっては必ず最新の情報をご確認ください。
経費の判断基準は「事業との関連を説明できるか」に尽きる
所得税法は、必要経費を「収入を得るために直接要した費用」および「業務について生じた費用」と定めています。法人税法上の損金も考え方は同じで、共通するのは事業との関連性です。つまり「何を買ったか」ではなく「何のために使ったか」で決まる、というのが経費の大原則です。
実務では、次の3点がそろっているかどうかで判断すると迷いが減ります。
- 事業関連性——その支出が事業の売上や業務にどうつながるかを説明できる
- 金額の相当性——事業規模に照らして不自然に大きくない
- 証拠——領収書・契約書・メモなど、説明を裏づける記録が残っている
逆に言えば、一般に「経費になる」とされる支出でも、事業との関連を説明できなければ税務調査で否認されることがあります。リストの暗記より判断軸——本記事で繰り返しお伝えしたいのはこの一点です。なお、経費の適正な計上は節税の土台でもあります。節税策の全体像は節税のハブページで体系的に整理していますので、あわせてご覧ください。
創業期に迷いやすい支出を個別に解説
ここからは、創業期のご相談で特に質問の多い支出を取り上げます。いずれも先ほどの判断軸——「事業との関連を説明できるか」の応用です。
開業前の支出——「開業費」として償却できます
「開業前に使ったお金は経費にならない」と思い込んでいる方が少なくありませんが、これは誤解です。開業準備のために支出した費用は「開業費」という繰延資産として計上し、開業後に償却して経費にできます。対象になるのは、たとえば次のような支出です。
- 市場調査や競合リサーチにかかった費用
- 開業準備のための打ち合わせにともなう飲食費・交通費
- セミナー参加費や参考書籍の購入費
- 名刺・ロゴ・チラシなどの制作費(10万円以上の資産に該当するものを除く)
開業費の大きな特徴は任意償却である点です。いつ、いくら償却するかを自分で選べるため、利益が出た年にまとめて経費化するといった調整ができます。創業1年目の税負担を平準化するうえで重要な論点なので、詳しくは創業1年目の節税の記事で解説しています。
なお法人の場合は、設立登記までにかかった費用が「創立費」、設立後・営業開始までの費用が「開業費」と区分されます。いずれにしても、開業前の領収書は捨てずにすべて保管しておくことが出発点です。
自宅兼事務所の家賃・光熱費——家事按分の考え方
自宅で仕事をしている場合、家賃や光熱費の全額を経費にすることはできません。生活のための部分(家事費)と事業のための部分が混在しているため、事業に使っている割合だけを経費にする「家事按分」が必要です。按分の基準は、実態に合った合理的なものを選びます。
- 家賃——事業専用スペースの床面積の割合(例:40平方メートルのうち仕事部屋が10平方メートルなら25%)
- 電気代——使用時間や事業用機器の使用状況
- 通信費——事業に使用した時間・日数の割合
大切なのは割合そのものより、「なぜその割合にしたのか」を説明できることです。間取り図や計算メモを一度作って保存しておけば、数年後に聞かれても根拠を示せます。なお、法人で自宅(役員個人が契約する物件)の一部を事務所として使う場合は、会社と役員の間で賃貸借契約を結ぶ、社宅制度を使うなど、形式面の整理が別途必要になります。
飲食費・交際費——「誰と・何のために」が生命線
取引先との会食や手土産は交際費として経費になり得ますが、プライベートの飲食との線引きがもっとも問題になりやすい費目です。法人の場合、交際費は原則として損金に算入できませんが、資本金1億円以下の中小法人には年800万円まで損金算入できる特例があります(2026年7月時点。適用期限が定められている措置のため、税制改正の動向にご注意ください)。また、1人あたり1万円以下の一定の飲食費は交際費から除外して会議費等として処理できる取り扱いもあります。
個人事業主には交際費の金額上限はありませんが、その分「本当に事業のための飲食か」という事業関連性はより厳しく見られます。いずれの場合も、次の記録を残すことが生命線です。
- 誰と——相手の会社名・氏名・人数
- 何のために——商談、仕入先との条件交渉、紹介のお礼など具体的な目的
領収書の裏に一言メモするだけでも、数年後の説明のしやすさがまったく変わります。
車・パソコンなど高額なもの——減価償却の基本
車やパソコンのように長く使うものは、買った年に全額を経費にするのではなく、耐用年数(パソコン4年、普通車6年など)にわたって少しずつ経費化します。これが減価償却です。金額別の基本的な扱いは次のとおりです。
| 取得価額 | 原則的な処理 | 青色申告の中小企業者等の特例 |
|---|---|---|
| 10万円未満 | 消耗品費などとして一括で経費 | 同じ |
| 10万円以上20万円未満 | 減価償却(3年均等の一括償却資産も選択可) | 即時償却が選択可 |
| 20万円以上40万円未満 | 耐用年数で減価償却 | 即時償却が選択可 |
| 40万円以上 | 耐用年数で減価償却 | 耐用年数で減価償却 |
表のとおり、青色申告をしている中小企業者等であれば、取得価額40万円未満の資産は年間合計300万円まで即時償却(買った年に全額経費化)できます(少額減価償却資産の特例)。上限額は税制改正により、2026年4月1日以後に取得する資産から従来の30万円未満→40万円未満に拡充されています(2026年3月31日以前の取得分は30万円未満で判定します)。この特例も適用期限のある措置ですので、2026年7月時点の制度である点にご留意ください。なお、プライベートでも使う車は、走行距離や使用日数などで家事按分したうえで減価償却する必要があります。
スーツ・洋服・美容代——原則NGの理由
「仕事でしか着ないのだから経費でしょう」と感じる方は多いのですが、スーツや洋服は原則として経費になりません。理由は、私的にも着用できるため、生活費(家事費)との区分が客観的にできないからです。「実際に仕事でしか着ていない」という主観的な事情では、第三者への説明として成立しにくいのです。
例外は、業務専用であることが外形的に明らかな場合です。社名ロゴ入りのユニフォーム、現場用の作業着・安全靴、舞台衣装などは経費として認められます。美容院代・エステ・ネイルも同様に原則不可で、モデル業・タレント業のように業務との直接的な関連が明確な職業で、かつ業務のためと説明できる範囲に限って認められる余地がある、という保守的な理解をおすすめします。
家族への給与——「実態」が必要です
個人事業主が、生計を一にする配偶者や親族に支払う給与は、原則として必要経費になりません。経費にするには、青色申告者が「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出したうえで、その家族が実際にその事業に専ら従事していること、金額が労務の対価として相当であることが必要です。
法人の場合も考え方は同じで、勤務実態のない親族への給与は否認されます。「とりあえず家族に給与を払えば所得分散になる」という発想は、実態がなければ通用しません。担当している業務の内容、勤務時間の記録(タイムカードや業務日報)を残し、給与額は同じ仕事を他人に頼んだ場合の相場と比べて説明できる水準に設定しましょう。
「経費にならないもの」の代表例
ここまでの個別論点とあわせて、そもそも経費にならないものの代表例も押さえておきましょう。以下は、どれだけ工夫しても経費にはできない支出です。
- 生計費——家族の食費、私的な旅行や買い物など、生活のための支出
- 所得税・住民税・法人税の本体——税金そのものは経費になりません(個人事業税、事業用資産の固定資産税、印紙税などは経費になります)
- 罰金・交通反則金——業務中の違反であっても経費不可です(制裁としての効果を弱めないためです)
- 事業と無関係な支出——事業との関連を説明できない支出はすべてここに含まれます
- 事業主本人の健康診断料・国民年金・国民健康保険料——経費ではなく、所得控除(社会保険料控除など)として扱うものがあります
特に注意したいのは、経費と所得控除の混同です。国民年金や国民健康保険料は「経費にならないから損」なのではなく、確定申告で所得控除として差し引く仕組みになっています。分類を間違えると二重控除や控除漏れの原因になります。
証拠の残し方——「説明できる状態」を日常でつくる4つの習慣
経費の判断軸が「説明できるか」である以上、証拠づくりは判断そのものと同じくらい重要です。難しいことは必要ありません。次の4つを習慣にしてください。
1. 領収書・レシートに「目的・相手」をメモする
領収書は「支払った事実」しか証明しません。「何のための支払いか」は自分で書き足す必要があります。受け取ったその場で、裏面や余白に「〇〇社△△様と打ち合わせ」「顧客訪問の交通費」と一言メモする——これだけで証拠力は大きく上がります。後からまとめて思い出そうとしても、正確には書けないものです。
2. 電子取引のデータ保存は義務です
ネット通販の領収書やメール添付のPDF請求書など、電子データでやり取りした取引書類は、電子帳簿保存法によりデータのまま保存することが義務とされています(2026年7月時点の制度です。保存要件の詳細は改正されることがあるため、最新の要件をご確認ください)。「印刷して紙で保存すればよい」では要件を満たさない場合があるため、ダウンロードした領収書は専用フォルダに日付・取引先が分かる形で保存する運用を最初に決めておきましょう。
3. 帳簿・書類は原則7年保存する
帳簿や領収書・請求書などの書類は、原則として7年間の保存が必要です(法人で欠損金の繰越控除を受ける事業年度については10年、個人の一部書類は5年など、区分により異なります)。細かい区分を覚えるより、「とにかく7年〜10年は捨てない」と決めてしまうのが実務的です。段ボール1箱でも、クラウドストレージ1フォルダでも構いません。
4. 個人口座と事業口座を分ける
事業用の銀行口座とクレジットカードを個人用と分けることは、公私混同を防ぐもっとも効果的な仕組みです。口座が分かれていれば、通帳そのものが「事業の支出である」ことの傍証になり、記帳の手間も大幅に減ります。日々の記帳や経理の仕組みづくりについては、経理の基本のハブページで詳しく解説しています。
税務調査で聞かれたときに強い状態とは
税務調査で経費が論点になるとき、調査官が確認したいのは「支出の事実」と「事業との関連性」の2点です。このとき強いのは、その場で上手に説明を組み立てられる人ではなく、支出した当時の記録が残っている人です。当時のメモは、後からの説明よりもはるかに信用されます。
目的をメモした領収書、按分割合の計算根拠、家族の業務記録——本記事で挙げた記録がそろっていれば、多くの質問は書類を示すだけで終わります。逆に記録がないと、本当に事業のための支出であっても立証に苦労し、結果として否認や修正申告につながることがあります。税務調査の流れや事前準備の全体像は、税務調査のハブページにまとめていますので、創業期のうちに一度目を通しておくことをおすすめします。
よくある質問(FAQ)
Q1. 領収書がもらえなかった支出は経費にできませんか?
領収書がなくても、支出の事実と事業関連性を説明できれば経費にできます。実務では出金伝票に日付・金額・支払先・目的を記録し、可能なら補強資料(結婚式の招待状、会の案内メール、ICカードの利用履歴など)を添えて保存します。ご祝儀・香典、自動販売機での購入、電車・バス代などが典型例です。ただし「領収書なし」が常態化すると信頼性が下がるため、あくまで例外的な処理と考えてください。
Q2. 領収書ではなくレシートでもよいですか?
問題ありません。むしろレシートは購入した品名や日時が細かく印字されるため、宛名だけの手書き領収書より証拠力が高い場面も多くあります。「領収書」という題名の書類であるかどうかは本質ではなく、取引の内容が分かる記録かどうかが重要です。基本はレシート+目的のメモで十分と考えてよいでしょう。
Q3. 家事按分の割合はどう決めればよいですか?
法令で決まった割合はありません。床面積・使用時間・使用日数など、実態にもっとも近い基準を自分で選び、その根拠を文書に残すのが正解です。迷ったときは高めではなく保守的な割合を選び、一度決めた基準は毎年継続して使いましょう。基準がころころ変わると、それ自体が説明の一貫性を損ないます。
まとめ——迷ったら「説明できるか」に立ち返る
経費の判断は、リストの暗記ではなく「事業との関連を第三者に説明できるか」という一つの軸に集約されます。そして、その説明を支えるのは日々の小さな記録——目的のメモ、按分の根拠、口座の分離——です。創業期にこの習慣を作れるかどうかで、その後の経理と税務の安心感は大きく変わります。
本記事は2026年7月時点の制度をもとにした一般的な解説であり、個別の支出が経費になるかどうかは、事業の内容や実態によって結論が変わります。金額が大きい支出や判断に迷う支出については、自己判断で処理する前に税理士へご相談ください。
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